失われた居場所

ある男性利用者Sさんが朝、突然

「お世話になりました。

今日で終わりです。

家に戻るのでもう

ここには来ないです。」

と宣言しました。

スタッフはあっけに

とられました。

 

お迎え時にも家族から

「変わりありません。」

と言われてきました。

Sさんはさっさと帽子とジャンバーを

取りにいきます。

 

あわててスタッフが管理者の宮下に

事の次第を告げにきました。

 

Sさんは実家で妹さんと一緒に

暮らしていますが、

それまでは苫小牧にアパートを借り

一人で暮らしていました。

しかし、認知症の発症により

アパートから白老方面に歩いていくように

なりました。

そして帰れなくなり

警察のお世話になるようになりました。

 

家族はSさんにGPSを付けるように

しました。そして昭ちゃん家を

利用するようになりました。

 

子どもの頃は、実家で

馬や牛、綿羊の世話、畑での

農作業をしていました。

なので昭ちゃん家では

農作業や園芸を楽しんで

もらい、白老に行くことが

無くなりました。

 

大きな車両の運転もしていた

Sさんはタイヤ交換も自分で

しており、昭ちゃん家でも

タイヤ交換をお願いしました。

 

タイヤ交換も上手です。

短期記憶が無いので

今、装着したタイヤのことも

忘れていますが、

手続き記憶はしっかりしています。

 

そんなある日の

「お別れ宣言」です。

 

タダ働きに嫌気がさしたのかと

思いましたが、

話を聞くと、

「生き物の世話に帰らんばならん。」

と言うのです。

 

妹さんの話では

「馬や牛を飼っていたのは

昔の話で、飼っていたのも

実家の周りだけだった。

他では飼っていない。」

とのことだった。

 

しかし本人は

「他人に任せているが、

実家と違うところに

馬や牛がいる。

もうしばらく帰って

なかったが、もう

帰らんばならん。」と

強い口調で話します。

これは止められないと思い

「じゃあ、送ります。

その場所を教えてください。」

と言うと

「遠いよ、だいぶかかるよ。」

と困ったように答えます。

 

「大丈夫です。送らせてください。」

と言い、一緒に車に乗っていただきました。

 

場所は糸井だと言います。

昭ちゃん家からすぐ近くのはずですが

遠くにあるという。

車で実家に来ますが

「ここには生き物はいない」

と言います。

「違う場所にいる。」

本人の言う通りに車を走らせます。

錦岡を超えても樽前を過ぎても

その場所はありません。

「白老の先ですか?」

と尋ねるも

「白老までは行かん」

と言います。

「もう白老に入りますよ」

「う~ん、無いなぁ。

場所が変わったのかな?」

とSさんが答えます。

国道36号線をずっと走ります。

 

そしていよいよ白老港の

交通標識が出てきました。

「おかしいな。過ぎたんだな。

ちょっと右に回ってくれるかい?」

と言います。

言われるがままに右折するが

すぐ行き止まりです。

結局、Sさんの生き物が

居る場所は現れず、引き返し

昭ちゃん家に帰ってきました。

 

スタッフに「おかえり!」

と明るく迎えられ

「ただいま!」とSさんが答えます。

そのあと何度か

「生き物の世話に帰らんばならん」

と言いますが、

「送るよ。」と言います。

また「遠いからな。」と言われますが

また「いつでも送ります」

と言うと諦めて椅子に座り

直します。

 

妹さんの言葉から

きっとSさんは子供の頃の

楽しかった昔の居場所

帰りたいのだと思います。

 

でも過去に帰ることは

できません。

 

以前いた特養では

こういった場合、

なんとか話を逸らしたり

玄関に施錠して出られないように

します。

 

昭ちゃん家では

一緒にその場所を

探しに行きます。

 

いつでも何度でも

利用者さんに

振り回されます。

それが昭ちゃん家流です。

「そんな場所は無い!」

と否定しません。

 

いつでも何度でも

本人の心の居場所を

一緒に探し続けます。

 

Sさんの心の居場所

への回帰はしばらく

続くのかもしてませんが、

いつでも何度でも

Sさんと一緒に心の居場所を

探しに行きたいと思っています。